1930年代

国産技術で切り拓く未来への道

経営・事業

バイデキスの販売拡大

1936(昭和11)年

 田中啓次郎の苦境を救ったのがバイデキスだった。そして製造元のくろがね工作所は、田中に独占的にバイデキスを出荷し、一方では田中が去った後の東京の日本事務器には一切卸さなかった。この頃日本は1931(昭和6)年の満州事変以降臨戦体制へと向かい、軍需生産強化のため生産管理の効率化が必要となっていた。台帳業務をやりやすくするバイデキスは、こうした用途をはじめとする工業生産の需要に応える情報機器だったのだ。1936(昭和11)年になると、さらに追い風が吹く。商工省がバイデキスを“優良国産品”に選定し、「退職積立金及退職手当法」をはじめとする法令が施行されて台帳管理用としての需要が急増した。

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